誤解されそうな言葉に事前に補足しておく

先日、長い説明は相手をイライラさせると述べた(「説明の意味がわからない」と言われたときは)。

しかし短すぎる説明もまた、相手を怒らせる原因となる。

説明は短すぎてもいけない

必要な情報が少なければ、相手に伝わらない。

たとえば先日の記事では、上司を怒らせるダラダラとした説明の例として、以下のような報告を例として挙げた。

「課長、◯月◯日の会議で、◯◯の設備を増強することが決まったじゃないですか。その件で、さきほどまで係長に言われて、設備追加にいくら費用がかかるか、試算して資料作れと言われて、三時間ほどかけて資料を作ったんですよ。会議でも、以前の△△と同じ仕様でいいってみなさんおっしゃっていたので、下敷きにした資料自体は△△の応用だったからミスはないと思います。資料を稟議書に落とし込んで、係長から承認もらいました。部長が急ぎ回覧させろとおっしゃっていたので、すぐに課長の承認もらいたいんです。ただ、以前と状況が変わっている点もあるので、その説明は必要だと思うので今から稟議書をお持ちしがてら説明を口頭でしたいのですが、確認のために少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

長い。長過ぎる。

しかし、もしもすべてすっ飛ばしてしまうと、どうなるか?

唐突な言葉で人間はパニックになる

課長に、
「稟議書の承認してください」
といきなりお願いしても、課長は何のことだかまず、分からない。

唐突な部下の言葉を聞いた時、課長の頭の中に何が起こるのか?

軽いパニックだ。

上記の場合だと、課長が稟議書を作成するように部下に命じたわけではないので、
(稟議書? 何の? 何かこいつに稟議書を作るように指示したっけ? いや、記憶に無いぞ?)
とうろたえる。

しかし、上司として恥ずかしいから、動揺を誤魔化すために部下に矢継ぎ早に説明を求める。

ケンカ屋は不意打ちの言葉を利用する

極真空手という空手集団の創業期を描いて数十年前にヒットした『空手バカ一代』という漫画の第2部で準主人公だった芦原 英幸という人物がいる。

早く言えばケンカがとても強い人。彼は空手の腕試しのために、他人に喧嘩をよく売っていたそうだ。

彼が喧嘩を売る時のセリフが面白い。
「おい、俺の目の中にクルマ走ってるか?」
というものだ。

言われた相手は意味がわからない。
「え? え?」
と聞き返す。意味がまったくわからないので、頭がパニックになるのだ。

そこを狙って、
「えじゃないだろ? ふざけるな!」
と怒鳴りつけて殴りつけると、相手は何もできずにひたすら殴られ、戦意喪失するのだという。

パニックは怒りへと変わる

つまり、人間の頭も一種のコンピューターで、相当頑丈では有るが、予想外の言葉を投げかけられるとパニックに陥りまともに作動しなくなるのだ。

そして、だんだんと輪郭が明確になると、パニックに陥った課長の頭の中に次に起こるのは、怒りの感情だ。

パニックに陥った人間はそんな自分を恥ずかしいと思う。恥をかかせた人間に対して次に湧くのは間違いなく怒りの感情だ。

(こいつ、ふざけやがって)

怒りが、あなたに向かって、あなたにとって良いことはなにもないだろう。

誤解される言葉には説明を補え

それでは、長すぎず、短すぎない報告にするためには、どのようなことに気をつければ良いのか?

気をつけるべきは、他の意味に間違われるような、誤解を生じる表現を避ける姿勢だ。

日本語には同音異義語が多いため、修飾語を極端に排除すると、誤解を生じやすい。

たとえば、文房具を販売している東京のメーカーにある注文が入ったとする。

広島市を本拠地とする中国新聞からの注文。まったく新規客で、お祭りで販促用で配るボールペンを10000本注文したいというもの。ペンは、夜でも目立つように蛍光塗料でコーティングする特別仕様。

という内容のものだったとする。

電話を取った社員は、三日前、蛍光塗料の在庫が切れていて補充しなければならない、という情報を聞いていた。

そこで、倉庫の管理をしている部署に確認する際に、

「おつかれさまです。新聞社からペンの注文があるので確認したいのですが、蛍光塗料って、補充されてましたっけ?」

と尋ねると、さまざまな意味に取られてしまう。

まず、蛍光ペンの注文が入ったのだろうと思われて、
「蛍光ペンの注文が入ったのか?」
と倉庫係から聞き返されるだろう。

いや、中国新聞がペンに蛍光塗料で塗装……

(中国に反応して)え? うちに中国から注文入ったの?

いや、日本の中国新聞です。お祭りの販促用らしくて……

お祭りで蛍光ペン配るの?

そうじゃなくて、ボールペンの注文です。

だったら、蛍光ペンじゃないだろう。

ボールペンに蛍光塗料でコーティングしてほしい、という依頼です。

だったら先にそう言ってよ。

(それを説明しようと思っていたのに)

(こいつ、相変わらず説明が下手だな)

お互いの意思疎通はうまくいかない。

蛍光塗料という言葉から、蛍光ペンをすぐにイメージするし、社内で「今後は中国からの注文にも対応していく」という通達が以前あったとしたら、「中国新聞」という言葉から、中華人民共和国のことか、と誤解して、そちらに注意がいってしまう。

誤解を与えそうな場合は、先に言葉を補っておく。そして、誤解を与えそうな情報は省く。

「おつかれさまです。在庫の確認させてください。文具表面に蛍光塗料でコーティングしたいという先方のからの依頼ですが、コーティング用の蛍光塗料は、倉庫に補充されてましたっけ?」

と倉庫係に尋ねていれば、意思疎通はよりスムーズだったのではないだろうか。

短すぎる言葉は曖昧になる

古代ローマで著名な詩人だったホラティウスは、凝縮した言葉を好んだが、凝縮も過ぎると、抽象的になり、相手に伝わらなくなることを知っていた。

だから、彼の詩の作り方についてまとめた『詩論』という著書の中で、

「努めて簡潔さを求めると、曖昧になる」

と警句を残している。

出典:photoAC

短すぎると、抽象的になり、誤解を生じさせる。それがパニックを生む要因となり、相手に怒りを生じさせてしまう。

長すぎてもいけない。かといって、短すぎてもいけない。その調整が難しい。どのような話し方を相手が好むのかを、注意深く観察し、試行錯誤を繰り返し、相手にとってもわかりやすい表現はなにかをつかみとっていくしかない。

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