ネガティブでもポジティブでも成功する。自分を裏切らないことが大切

一時期、本屋に行くとビジネス書の棚に自己啓発書が山積みになっていた。

高度経済成長神話が崩れ、日本が自信を失っていた頃のことだ。

アメリカの成功哲学が日本でも大流行

今もそうだが、日本はアメリカの影響下にある。当時アメリカでは、マーク・フィッシャーやロバート・アレンなどの成功哲学が大流行していた。

アメリカの成功の基準は明確だ。カネを稼げたか、どうか。今の日本も、ほぼそうなりつつある。

バブル崩壊以前のほとんどの日本人は、カネだけを成功の基準とする考え方を「拝金主義」とバカにしていた。だが不況に突入すると、カネが無いことが不幸の一番の原因であることがはっきりしてしまい、拝金主義に屈服するようになる。

フィッシャーやアレンなどが重視したのが「ポジティブシンキング」だ。それが富を呼び込むと、説く。それに影響を受けて、二番煎じのような本が日本でも大流行した。

「積極的に考えよ」
「いつでも明るくせよ」

などといった言葉が自己啓発書の中に並ぶ。影響された日本の企業家や経営者は数多い。

その結果はどうだったか?

ポジティブシンキングを学んでも成功していない人々

成功した者は大勢いたに違いない。

たとえば、「明るい」「笑顔」「成功者」などの単語で検索すれば、実際にポジティブシンキングで成功した人が書いた記事や、成功者の紹介記事などがネット上にゴロゴロ転がっている。書店にも、ポジティブシンキングの重要性を説く成功者の書いた自伝が多く並ぶ。

だから、ポジティブシンキングが成功に役立つと、多くの人が考える。

だが、ポジティブシンキングを実行しても、失敗した人、変わらなかった人はもっと大勢いる。断言できる。

なぜ私が自信をもってそう言えるのか?

なぜなら私は、当時、ポジティブシンキングを広めていたある人物の勉強会に通っていた時期があるからだ。今から10年以上前になる。その頃に一緒に学んだ大勢の人の消息を、私は知っているのだ。

彼らの多くは、今でもその人物の思想を信じていて、実行していたりする。だが、はっきりと言って、成功した人よりも変わらない人のほうが圧倒的に多かった。

経済的に成功しているかどうかは残酷なほど明確だ。

ポジティブシンキングの勉強会の参加者の中から出た成功者の割合は、それとは無関係な、私の身の回りの友人の中から現れた成功者の割合とあまり変わらない、というのが実感だ。

成功者の影の失敗者の存在に人は気づかない

「ポジティブシンキング」という思考法がもしも強力なエンジンの役割を果たすのならば、学んだ人々の中から現れた成功者の割合は、一般社会からの出現率より高くなければならないはずだ。

ところが、そうではなかった。

成功した人は、

「ポジティブシンキングが自分の人生を成功に導いた」

と情熱的に訴える。多くの人がそれを信じるけれども、大きな成功をおさめなかった人は、わざわざ「ポジティブシンキングはそれほど役立ちませんよ」と訴えないから、存在が無視される。

脱落者が顧みられない現象を「生存バイアス」などと呼ぶ。

経済的に成功した者だけが生存者として「ポジティブシンキング」の有効性を説けるから、多くの人がそうだ、と思う。

しかし影には、ポジティブシンキングで成功できなかった人々が数多くいたとしても、死体として転がっているだけだから、人々は気づかない。

ポジティブシンキングが役立たない理由

ポジティブシンキングが役に立たないとは言わない。むしろ、ポジティブに考える人、振る舞える人に成功者が多いのは間違いない。

明るい人間には魅力がある。一緒にいて楽しければ、当然顧客の受けは良く、店に顧客はやってくる。店が繁盛すれば商品は売れるから、結局明るい人間が金銭的に成功する確率は高くなるだろう。当然の理屈だ。

問題は、ポジティブシンキングが身につくものなのかどうか、だ。

簡単には身につかないポジティブシンキング

残念ながら、長期的に見れば、元々の性格と異なるものを無理して身につけても、時間が経てばいずれ元に戻る。「考え方を変える」ということは一見楽に思えるが、実は大変難しい。

むしろもっとも困難な部類に入る。

考え方は「思考の癖」であり、幼少期から数十年の歳月をかけて各々が育んだものだ。それを矯正したいならば、何ヶ月も、ときには何年もかけて、精神科医やカウンセラーなどの専門家の手を借りて、ようやく治療に成功するようなものなのだ。

ところが自己啓発書は、「本を読む」「積極的な言葉を常に唱える」「自己暗示」などの実にお手軽な方法で、考え方を変えられる、と説く。一時的には成功する。しかしいずれ、皆がつまづく。

生まれつきの悲観論者もいる

それに、生まれつきの悲観論者は間違いなくいるし、挫折を繰り返すことで、否定的な考え方を身に着けて、それを変える気にならない人だっている。アイデンティティは大切だ。

悲観論というと言葉が悪いが、慎重派であったり、皮肉屋であったり、どうしても他人の欠点ばかりが目につく小言屋などもいる。それら全てを否定することは多様性の否定だ。

ネガティブ思考を変え難い人々が大勢いたり、ポジティブシンキングが簡単に身につけられないものだとしたら、大勢の人が成功をあきらめるしかないのだろうか?

そうではあるまい。

ネガティブシンキングでも成功する人々

なぜなら、ネガティブシンキングでも成功した、という人が数多くいるからだ。

たとえば、自虐ネタで有名なお笑い芸人のヒロシさんは、いま事業で成功しているという。
(「芸人・ヒロシはビジネスで成功していた。ネガティブに「好きなことだけやる」仕事論」)

あるいは100円ショップでお馴染みの「ダイソー」の創業者の矢野博丈さんは、究極のネガティブシンキングの持ち主として有名。それでいながら事業を何十年も継続し、大企業に育て上げている。

また、元楽天監督の野村克也さんも、ネガティブ思考の持ち主としても有名だ。

彼らはたしかに少数派だ。だが、それでも数少ないセレブの中に、一定数いる悲観論者の成功者を見ていると、ポジティブシンキングでなくとも、立派に成功できると言えよう。

ポジティブシンキングは、それほど重視するものではないのではないか。

むしろ、自分の性格の癖が身についた原因に目をつぶり、無理に明るく装うとしても、いずれ無理が出て、疲れてしまう。ポジティブシンキングできない自分を責めてしまい、逆に不幸になるケースさえあるだろう。

自分を裏切らないことが大切

病的なものならば、専門家などの力を借りて、治療しなければならない。

しかし、治療するほどでないならば、無理にポジティブに考えようとして、自分を騙す必要はあるまい。無理に自分を変える必要もあるまい。

むしろ、今の自分を愛し、活かす方向で成功するにはどうすれば良いのかを考えたほうが良いのではないか。

自分とは異なるものを追い求めることは、自分が育んだこれまでの自分の人生をすべて否定するようなものだ。自分のポテンシャルを信じるのではなく、自分を否定することは、一種の自分への裏切りとも言える。それは自分を苦しめる。

自分以外のものを追い求める人よりも、自分の長所も愚劣さもどちらも愛して、肯定して、それを活かす方向で努力している人の方がうまくいっている。

人生は短い。

ポジティブシンキングの持ち主に成功者が大勢いる、自分はそうではない、だから自分を変えよう、と考えるよりも、自分に似た性格の人物で成功している人を参考にして、自分の人生を計画してはどうか?

その方が、成功に向かう上で、時間と労力に無駄がなく、むしろ「ポジティブ」な生き方ではないだろうか。

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