「アスペルガーは共感できない」はコミュ強者の傲慢だ

「アスペルガーは共感できない」はコミュ強者の傲慢だ

発達障害について知られるようになると、発達障害の中でもトラブルを犯しがちなアスペルガー症候群の人々に対する、そうではない人々(定型発達者)からの非難の声も大きくなってきた。

アスペルガー症候群へ集まる批判

理由はわかる。私も被害を受けたことが何度かあるから。

ブラック企業には、一般的な職場で通用しなかった人々が大勢集まってくる。優秀なのに一般企業から落ちこぼれる人の中には、高確率で発達障害者が含まれている(だから、このサイトにたどり着いた人の中には、発達障害に悩んでいる人、悩まされている人が多いだろう。それが、このテーマで何度も記事を書く理由の一つだ)。

彼らの思い込みの激しさ、傲慢さ、論破されたときのキレ具合のために被害を受け、嫌な思いを度々してきた。だから、彼らへの批判が集まるのはよくわかるのだ。

だがしかし、だ。事実と異なった批判を集め過ぎているのではないか?

アスペルガーは共感できない、という訴え

そのうちの一つが「アスペルガーは共感ができない」という定番の批判だ。

ついさきほども、以下の記事を目にした。

共感してもらえない…アスペルガー症候群の夫を持つ漫画家が語る心身の不調「カサンドラ症候群」

「ただ優しくて良い人だった。今思えば、共感というよりも、私に合わせてくれる人だった」

「どれだけ訴えれば伝わるの?私と話したくないから黙っているの?」。漫画には、そんな悲痛な叫びも描かれている。

「借金で家のローンが払えなくなり、家を売るしかなくなったというのが直接の理由。私は悲しみもしたし悩みもしたが、彼は感情が動かなかったようだ。“あなたがそれでいいなら、僕もそれでいい“、と」。

自分の言葉に夫が共感をしてくれないのは、夫がアスペルガー症候群だったから。

自分がこんなにつらいのに共感してくれない夫の頭がどうかしている。

夫が悪い。

自分は被害者だ。

……これがインタビューを受けえた野波ツナさんの主張なのだろう。

だが、ちょっと待て。本当にアスペルガーは共感ができないのか?

アスペルガー症候群同士ならば共感できるという研究結果

実はこの考え方は、最近の研究では否定されているという。

アスペルガーは「共感性がない」わけではない―実は定型発達者も同じだった

アスペルガー症候群の人が共感性に乏しく見えていたのは、実際には、定型発達者がアスペルガー症候群の人に共感しにくいのと同様、自分とは違う人には共感しにくい、という当たり前のことを観察していただけだったのかもしれません。

そこで、その点を確かめるため、別の研究が2015年に行われました。その研究では、自閉スペクトラム症の人が、定型発達者と自閉スペクトラム症の人それぞれにどう反応するかが調べられました。すると…

自閉スペクトラム症の人たちは確かに定型発達者には共感できませんでした。しかし同じ自閉スペクトラム症を持つ人相手には、いとも簡単に共感できていたのです。

いかがだろうか?

これはよく理解できる話だ。アスペルガー症候群の友人や知人を思い返してみても、すべてにおいて冷淡で感情の起伏が少ない人は少なかった。彼らにとって大切なことに対しては、異常なこだわりを持ち、そのことに対して怒る人、喜ぶ人に対しては、同じように怒り、喜ぶ。

そんな彼らに「共感性がない」とはどうしても思えなかった。

そもそもは価値観の違いではないのか

ある点においては驚くほど関心がないけれども、ある点においては異常なこだわりを持つ。アスペルガー症候群の特徴として知られていることだ。

関心の濃淡の差異は、価値観の相違を生む。アスペルガー症候群の価値観は多数派(定型発達者)の価値観と多くの面で異なっている。お互いの価値観が合わないなら、共感できる部分が共通していないのも当然だ。

価値観の違うものに共感できないことと、共感する能力が無いこととは違うだろう。

「AbemaTIMES」のホームページより

妻はなぜ夫に共感できないのだろう?

上記で紹介した野波ツナさんを例に上げてみよう。

冗談半分で退職を勧めたら、本当に退職した、信じられない、と彼女は憤る。

しかし、出処進退は本人の専決事項、という考え方だってある。本人が決めて行動したことを、即座に応援してやってもいいのではないのか?

また、彼女は、夫が会社をやめてローンが払えなくなり家を売った悲しみに夫が共感してくれなかった、と訴えているが、どうして夫が冷淡だったのか、共感できるまで価値観のすり合わせを行ったのだろうか?

たとえば、夫は家にまったく思い入れが無かったのかもしれない。妻の強い願いに合わせて、仕方なくマイホームを買ったものの、嫌で嫌でしょうがなかったのかもしれないではないか。そして本心を言えない雰囲気を、妻が漂わせていたということはないだろうか?

そうだとしたら、家を売ったときも、
「これで借金を背負わなくて済む」
と思って、内心喜んでいたのかもしれない。

自分が悲しくなくても、他人が悲しがっていたら自分も悲しいと感じる能力――これが共感力だが、あまりに価値観が異なると、その力も働かないだろう。

マイホームを持たなければならない、という価値観、借金を気にしない、という価値観、同じ家で長い間暮らしていきたい、という価値観、長い間住めば住むほど愛着が湧く、という価値観。

以上の妻の価値観を夫が持っていなければ、そりゃ、妻がいくら悲しんでも、夫が共感を示せないのも当たり前だ。

アスペルガー症候群の人は、偽善を嫌う

もしも私だったら、同じ状況にいたら、どうするだろうか。

妻の肩を抱いて、
「俺の力不足だ、申し訳ない」
と言って、妻に泣いてみせるだろう。それが妻の心を、少しだけ和らげることを知っているから。

しかし、アスペルガー症候群の持ち主は、そのような偽善的行為を嫌う人が多い。彼らは嘘を嫌うからだ。

合理的な考え方を尊重し、偽善を嫌う、というのは美徳だと思うのだが、その結果の行動が、ある種の女性にとっては我慢ができないのだろう。

それでも一緒にいたいのならば、相手の努力だけではなく、自分も努力することが必要だし、いくら努力しても相手の価値観に合わせられないのだとしたら、それは「価値観の不一致」というよくある離婚理由の一つなので、離婚するしかあるまい。

お互いに歩み寄れないのは両方の責任なのだが、上記の記事からは、アスペルガー症候群への批判の声だけが聞こえてくる。

それはアンフェアであり、障害を負っていない多数派の傲慢だろう。

共感能力があると自負するのならば、それこそアスペルガー症候群の持ち主にもっと寄り添い、共感すべきではないか。

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