陰謀論にハマった人とどうつきあうか

陰謀論にハマった人とどうつきあうか

世の中にはオカルト好きな人は多い。オカルトと言っても様々な種類がある。霊現象だとか、宇宙人だとか、超古代文明だとか、ヨガだとか、チャネリングだとか。

ところが、「陰謀論」に取り憑かれてしまう人がいる。

たとえば、この社会はユダヤの300人委員会が支配しているとか、フリーメーソンが世界経済を支配しているとか、その手の妄想だ。陰謀論にハマった人は、徐々に常識が通じなくなるから怖い。

ユダヤ陰謀論にハマった友人の話

私の年上の友人が、その手の話題にハマった。

元々気功だとか、宇宙の法則などについて詳しい人だったが、彼と久々に会ったら、嬉々としながら、世界の歴史の裏では、常にユダヤ人が暗躍している、という話を私に真顔で話すのだ。

photo by Inbal & Nir

その手の陰謀論は本屋に山積みになっていたことがあったから、友人から話を聞く前に概略は知っていた。

荒唐無稽でバカバカしく、エビデンスはいい加減で、論理の飛躍が多い。しかも肝心なところは「情報源は私だけが知っている確かな情報筋だが、今は明かせない」と煙に巻くものばかりで、話にならない。

私の友人も、肝心なところではぐらかす、という点では陰謀論の著名論者と同じで、矛盾を指摘しても、
「いやぁ、◯◯さん(←私の名)は騙されているよ。いずれわかるから」
などと言われて、別の妄想へ話題を移すので、まったく説得力がない。

きっかけは失業と離婚

まったく説得力のない妄想をひたすら垂れ流す友人の話を聞きながら、なぜこのような妄想話に興味が急に湧いたのか、最近の彼の近況を聞き出していった。彼の近況については、ある程度把握していたので、もしやと思ったら、案の定、最近離婚が正式に成立したのだ、という。

10年前に浮気がバレたあと、開き直って家庭内別居のような状態で仕事に専念していたことは知っていた。ところが最近になって社長とぶつかり、リストラされたのだそうだ。すると奥さんから10年前の浮気を持ち出され、
「もう貴方について行きたくない」
と三行半を突きつけられた、という。

「カネの切れ目が縁の切れ目だったよ」
と友人は笑う。

失業と離婚が友人の考えに、大きな影を落としたのだろう。世の中は不条理だ、という憤りが、世界を動かしている悪い奴らがいるせいで自分たちが苦労している、という妄想へとシフトしたのだろうか?

  • 「世界はユダヤ人が支配している」
  • 「世界はロスチャイルドとロックフェラーが支配している」
  • 「今のユダヤ人はディアスポラで世界に散らばったユダヤ人の血を引いていない偽ユダヤ人で、ハザールユダヤという。彼らは人間を奴隷化しようとしている」
  • 「ワクチンを打ってはいけない。ワクチンを打てば逆に早死にする。奴らの陰謀だ」
  • 「彼らの陰謀が、今はインターネットのお陰で次々に暴かれている。インターネットが彼らの支配から人々を解放しようとしている」
  • 「ロシアのプーチンは悪役ではなく、人類奴隷化に抵抗するキーパーソン」

こんな話をその後も延々とされて、頭がクラクラとした。

そもそもインターネットの発達に貢献しているGoogle創業者二人はユダヤ人だ。彼らもいわゆるハザールユダヤ人であり、彼らが邪悪ならば、インターネット自体が邪悪ということになるのではないだろうか? それなのに、なぜこの友人はインターネットの無謬論にこれほど与するのだろう?

まったくわけがわからない。

妄想にとらわれると現実が見えなくなる

彼と夜遅くに別れ、これまで出会った、彼と同じような、ユダヤ陰謀論に傾倒した人の顔を思い返していた。

私がオカルト的なこと、サブカル的な情報に興味を持っているからだろうか? 友だちにも、オカルト的なことに興味を持っている人が比較的多いため、ユダヤ陰謀論にハマる人と会う確率が、他人より多いのだろう。

とはいえ、オカルト愛好家と陰謀論者が決定的に異なるのは、オカルトに興味を持つだけだと、
「こういう考えもあるよね」
「こんな考え方もあるよね」
と、多様性を尊重できるのだが、陰謀論を信奉するようになると、
「実はこうだ」
「本当はこうだ」
と決めつけ、それ以外の考え方をまったく許せなくなることが多い、という点だ。

狂信的、という点では宗教にハマった人と似ている。現実感覚とのバランスを失う人が多い。

現実の認識が歪み、歴史的事実を無視し、目前の事実ですら無視してしまう。

「月には人類は到着していない。特撮によりトリックだ」
「3.11の地震はユダヤ人の地震兵器によって引き起こされた」
「9.11の事件の影には宇宙人の陰謀がある」

作られ続ける嘘を信じ込むようになり、報道される事件すべての背後に、敵と目したものの意図を感じ取るようになる。もはや現実を現実のまま信じることが出来ない。社会に起きた事実を事実として認識できなくなるのだから、統合失調症に罹患したようなものだ。

彼らの多くが人生につまづいている

彼らが現実をありのままに認識できないのは、彼らの多くが人生につまづき、現実を憎み、現実を否定したい、という気持ちが強いからだろう。

現実社会が悪者によって支配され、自分を含めた奴隷化の流れにある、と信じれば、自分の惨めな人生を他人のせいに出来るから、楽だ。

そのうえ、真実を知っているのは自分を含めた少数派だけだと思えば、選ばれし者にのみ許された優越感、全能感にひたれる。現実では落伍したのに、立場が逆転するのだから、快感に違いない。

あるいは、人生につまづていないように見える人、若年者が陰謀論にハマっている場合もある。

その場合は、彼らの過去について、じっくりと話を聞いてみて欲しい。自分が友人に比べると貧しいなど、何らかのコンプレックスにとらわれていたり、周囲との人間関係がうまくいっていなかったり、「今の現実を否定したい」原因が、人生のどこかに潜んでいることが多い。

陰謀論にハマる人を受け入れてみる

さて、陰謀論にハマった友人と、それから何度か会った。

彼の話につきあう人は、周りにあまりいないのだろう。私としきりに会いたがった。

私も、彼とは10年以上交友があるものだから、情もあり、話につきあう。しかし、段々と耐え難くなる。彼の妄想につきあいつつもイライラとしてくる。

喉元まで「それ妄想ですよ」という言葉が出かかったが、我慢した。

友情の正念場だった。

彼を変えるのではなく、彼を受け入れてみてはどうか、と思ったのは、しばらくしてからだ。

オカルト愛好家と陰謀論者の違いは、多様性を尊重できるという点で異なると先程述べたが、多様性を尊べるというのならば、陰謀論者の話すらも、肯定しながら聴かねばならないはずだ。

加えて、イライラする気持ちを抑える感情コントロールの訓練として、彼の話を聞いてみようという方へ、考え方を変えた。

友人は、やがて正気に戻った

「そういう話もあるんですね。私は知りませんでした」
「そういう考えがあるんですね。勉強になります」

と言いながら、話を聞けば良い。相手を否定せず、かといって信じることもなく。

友人は、それからしばらくして、資金援助してくれる人と出会い、事業を始め、陰謀論について話すこともなくなった。仕事が忙しいからだろう、その手の本やセミナーに興味を持つことも少なくなった。

今でも会えば、陰謀論について語ることも有るが、一時期ほどの熱狂的な感じはなくなった。

陰謀論はリハビリの役割を果たしているのかも

つまづいた人生から立ち上がると、現実と立ち向かわなければならず、陰謀論から卒業していく人は多いのではないか?

急に陰謀論にハマる友人が現れたら、賛同を示してドツボにハマる必要はない(集会などに誘われたりするから)。しかし、勉強になりますね、という態度で尊敬と共感を示しつつ、ひたすら我慢して話を聞いてみてはどうか。

陰謀論にハマるということは、もしかしたら一種のリハビリかもしれない。受け入れられない不幸に直面したとき、現実から目を背け、自分が優位な立場で世界を捉え直すことで、精神を癒やす時間。

そうだとしたら、環境が好転していけば、いずれ陰謀論から解き放たれ、正気に戻るのだろう、

友人にそこまで情が湧かないなら

しかし、陰謀論のような思想は害悪で、こちらがしっかりしていないと、妄想が自分にも感染してしまうことがあるから注意が必要だ。

それに、友人が必ず回復するとも限らない。陰謀論にハマり、現実を見えなくなり、人生から転落していく友人と一緒に転落する必要はあるまい。

それに、友人にそこまでの情がない場合もある。

そのときは、おかしなことを言い出す友人からは、少しずつ離れていけばいい。

実のところ人生は、狂人につきあうほどには暇ではないのだから。

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