女性の気持ちを理解するための考え方

女性の気持ちを理解するための考え方

人間関係の構築が下手な男性は、女性との仲もうまくいかない。

多くは、「女性の気持ちが理解できない」ためで、理解できないから、女性の行動を身勝手なものと感じて、怒りをつのらせて、仲が破綻するのだ。

このような男性が、女性の気持ちを少しだけ理解して、女性によりそえるようになる「コツ」のようなものはあるだろうか?

一つある。それは、女性の心を、
「利己主義と母性本能の間を振幅するもの」
ととらえてみることだ。

ぱくたそ

人間関係でつまづく原因とは

女性の気持ちを理解する以前に、人間関係でつまづいてしまう原因について、少しおさらいしたい。

その原因の多くは、過去に転がっている。

私は人間関係で苦労してきた男性だ。あなたもそうだとしたら、私と同じく、原因があなたの人生の過去に転がっていないだろうか?

人間関係の構築に失敗した始まりは、親との関係までさかのぼるかもしれない。

あなたの親が暴力をふるったり暴言を吐くような毒親だった場合、子供は大人になっても他人との距離を測ることが下手になる。

親、友人、知人、さまざまな加害者がいる

または、親が強圧的だったり新興宗教やマルチネットワークビジネスに関わっていたりした場合、親に振り回されて自分の感情を抑える癖がついて、自己評価が低いまま大人になる子供も多い。

あるいは学生時代にいじめられていた場合も、その後に、他人との関係性を築くのに苦労する。

周囲との健全な人間関係の構築に、人生の途上でつまづいたことで、相手との距離が測れなくなり、失敗を繰り返するうちに萎縮してしまうのだ。

萎縮した人間はさらに人間関係で失敗していく。

他人と対峙すると、緊張する、おびえる、言ってはいけないことを言ってしまうようになるからだ。

原因に対する態度と対処法

つらいことだ。そしてどのような場合にも、覚えておいて欲しいことがある。

あなたには、その原因について、責任は一切ない、ということだ。

どれほど強調しても言い足りないが、馬鹿な他人があなたに責任を負わせようとするかもしれないので何度でも言う。

あなたが人間関係を作るのが下手となった原因が他人にあるなら、その道義的負債は彼らが負うべきだ。あなたが責められる筋合いは一切ない。

このことは、絶対に譲れない立場なので、これからも何度も強調することになるだろう。

ただ、これも覚えておいて欲しい。

過去に原因を作ったことは他人だとしても、将来はあなたの選択次第であり、現状が悪くても今を変えれば、将来を良いものに変えていけるのだ。

今を変えなければ、将来も失敗を続けるだろう。その原因は、今を変えなかったあなたではなく、過去にあなたの人間関係を壊した彼または彼女の責任であり続ける。とはいえ、もしもあなたが今を変えてあなたが幸せになるのだとしたら、今を変えてみてはどうだろうか?

変えるのは、ほんの少しだけでいい。少しずつあなたの行動や考え方を変えていけば、将来の人間関係が少しずつ改善していく。

女性の気持ちを理解するために、考え方を変える

女性との関係も同じで、少しだけ自分の行動や考え方を変えることで、変化が生まれ、これまでと違った関係築いていけるようになるだろう。その変化が良くないものだとしたら、別のアプローチを考えてみればいい。トライアンドエラー、試行錯誤、その果てに、より良い解が待っている。

行動を変えるのは勇気がいる。行動を変えると他人の反応が急に変わるから、予想がつかず、怖いからだ。しかし、考え方を変えるだけなら、急な反応の変化はないから、怖くはないだろう。そして、思考が変われば、少しずつ行動が変わり、周囲に波風を立てずに新しい人間関係を構築することができる。

では、どのように考え方を変えればいいのだろうか? 女性との関係性がうまくいく、万能な考え方がある、とでも言うのだろうか?

万能な考え方はない

実のところ、こう考えたらいい、という万能な考え方はない。

女性との関係をうまく築けない行動をもたらすあなたの考え方は間違っているものの、それに取って代わる新しい考え方は、あなた自身が探し出すしか無い。ただ、新しい考え方をもたらすものがある。それは、正しく物事をとらえることだ。

歪んだレンズでものを見るのではなく、焦点の合ったレンズで見るようにすれば、正しい認識ができるだろう。正しく世界を認識できれば、正しい行動を取るために、どう考えればいいのか、自ずとみえてくるだろう。

男性と女性の思考が異なっていることを理解する

ではどのようなとらえ方が、正しい認知なのだろうか?

それが、女性の思考と男性の思考が本能のレベルで異なっていて、本能の現れ方も男性と女性は異なっている、という事実の認識だ。

女性の気持ちをうまく理解できない、という男性の多くは、女性を男性である自分と同じようなものととらえている。だから、ある女性の自分勝手な行動や発言をとらえて、その女性全体を分かった気持ちになる。

しかし、男性と異なり、極端な発言や行動があったからといって、必ずしも女性の全人格は見定めることはできない。

なぜなら、多くの女性の心が「利己主義と母性本能が統合せずに同居し、二つの間を行き来しながら、どちらかが現れる」構造になっているからだ。

女性の中の利己主義と母性本能

利己主義とは、自己中心主義とも言いかえられる。自分のことが一番大切で、自分の利害だけを考えることだ。それはときに醜悪で、身勝手なものに思える。

それに対して、母性本能は、博愛精神的なものだ。自己犠牲的で、他人(主に自分の子供のことだが)のためならどれほど自分が犠牲となっても構わない、美しい、高尚なものに映る。

男性が女性に求める女性特有の、優しさだとか愛らしさだとか、自分だけを愛してくれる無私な愛だとか、思いやりだとかいったものは、根本的には母性に由来している。

男性が恋愛相手に母性を求める、というと、一部からは「気持ち悪い」「マザコン的」「男が幼すぎる」と顰蹙を買うかもしれない。

たしかに、自分の母親の姿を恋愛対象に投影するのは病的であり、健全な関係性ではない。しかし「母性」とはもっと原始的、プリミティブなものだ。一般的に女性を女性たらしめるものの一つであり、男性が女性に心惹かれる原因となるものでもある。

母性に心惹かれることは、自分の母親といった特定の対象への恋慕ではなく、女性全体への本能的な欲求だ。だから恥ずべきことではない。

遺伝子にプログラムされた自己保存と自己コピー

利己主義と母性本能は、どちらも人間、いや、生物の本能に基づいている。

遺伝子という微小な視座からとらえるならば、イギリスの科学者であるリチャード・ドーキンスが『利己的な遺伝子』の中で述べたとおり、遺伝子の指示が基礎となっている。

すなわち、利己主義は自分の遺伝子の保存のためのものであり、母性本能は自分の遺伝子を次代に伝えるためのものであり、両者は表裏一体のものなのである。そもそも対立するものではない。

すべては自分の遺伝子を次代に伝えるためのものだ。

ただ、遺伝子レベル、あるいは野生生物レベルであれば矛盾なく同居できるものであっても、利己主義と利他主義(母性本能)は、人間社会の中では容易に対立する。

利己主義の対義語が利他主義であることを考えても、それは明らかだ。

男性は矛盾を解消しようとする

同じ生物である男性は、矛盾をどう解消しているだろうか?

男性の利他主義を、ことさらに「父性本能」とは言わない。男性は自分の子供だけを特別扱いしたり、自分を犠牲にしてでも自分の子供のために尽くそうとする傾向が、女性に比べると少ないからだろう。

男性は建前上では、自分の血の繋がった子供だけを依怙贔屓する男性を卑しみ、称賛はしない。

そこに、男性の矛盾の解消策が垣間見える。男性の場合、利己主義と利他主義が衝突した場合、利己主義を抑えることで矛盾を解消しようとする。

最近話題となった日本大学アメフト部のU監督の責任問題に対する世間の追求の仕方は、典型的な男性社会の問題解決方法だ。U監督が責任を取らず、保身に走ろうしたことに世間は怒り、アメフト部監督だけではなく、日大の常務理事まで辞任することを暗に求めた。

利他主義と対立して利己主義に走る人間を、大方の男性は潔いとは思わない。

論理的とも言えるし、単線的とも言える。一直線で、矛盾がないように積み重ねていくのが、男性的なあり方と言えよう。

女性は利己主義と母性本能を並列する

それに対して、女性は矛盾を包括する。矛盾を解決せず、並列させる。

しかし、矛盾するものを一緒にはできない。どうすればいいのか?

女性は両者を、時と場合、相手、そのときの自分の感情や直感で瞬時に使い分ける。利己主義と母性本能を、統合するのではなく並列して、両者を振幅させながら生きていくのだから、友達の陰口を言いながら、その友達と仲良くすることだってできる。

理由もなく「気持ち悪い」と悪口を言っていた男性と、いつの間にか恋愛関係になることだってある。仲が悪い嫁と姑が同居することもできる。

だから、ものすごく身勝手な女性に思えたのに、恋愛関係となったあとは徹底的に男性に尽くす女性が五万といる。恋愛経験の少ない男性には信じられないかもしれないが、本当だ。

一部から全体を判断しようとすると判断を誤る

ある女性とつきあっていて、彼女の自分勝手な行動を知って嫌になる人が多い。それどころか、女性に一般的に見られる自己中心的な態度を知って、女性全般に対して批判的になる男性も多くいる。

欠点は目立つ。急に立ち現れたもので、相手の本質を知った気持ちになるのもわかる。それが相手の人格の根っこにあると考えてしまいたくなる。女性は利己主義と母性をすり合わせようとしないことが多いため、(男性からすると)極端に醜悪な利己主義的な行動や発言が出てきたりするから、余計にそう思ってしまう。

しかし、その多くは根本ではなく、人格の一面なのだ。。

醜悪な一面を持ちながら、男性には持ちえないような優しさ(利己主義とすり合わせない純粋な博愛主義)もまた、並列して持ち合わせているのが女性という生き物であり、矛盾を統合しながら生きる男性と異なり、矛盾を共存させながら生きる女性の在り方を、肯定して欲しい。

利己主義と母性本能が、統合されず並存して、さらには振幅しているために、(男性にとっては脈絡なく)交互に現れたり消えたりする。

それに触れて「この前の考え方と違う」とか、「この前と言っていることが違う」とか「計算高い」などと考え、期待して裏切られたり、責めたり嫌悪したり、悩んだり困ったり腹を立てたりせず、自分との違いを観察して認識する。

どうイメージするか、で認識は変わる。緊張した人が観客をカボチャと認識すれば緊張が解けるようなものだ。左右に振幅する振り子のようなものを、女性のイメージとしてもってみてはどうか?

矛盾が同居して統合しない女性の在り方を許容できるようになれば、女性との関係性は、より良いものへと変わっていく。女性の優しさを得た男性は、友情とは異なる大きな幸せを得ることができるだろう。

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