空気が読めずに孤立して自殺を考えた

空気が読めずに孤立して自殺を考えた

人間関係に悩んでいた頃は、他人の非は見えていたが、自分の非が何かが分からなかった。

ところが、対人能力が改善されるにつれて、当時の自分の態度を反省することが増えた。
「これじゃ、人間関係が壊れるのも仕方がなかった」
と思うことが増える。

それを痛感したのは、昔の自分と同じタイプの人間に出くわしたときだった。

反省を含めて、約10年前の自分の態度をふりかえると同時に、かつての自分と似たタイプの同僚とどう接し、最終的にどうなったのかについてまとめてみたい。

この記事で、約10年前の私がどのような人間で、どのようにふるまうべきだったかについてまず述べる。

空気が読めずに相手に逆らう

約10年前になるが、中途入社した会社(仮にA社とする)でハブられた。

もともと空気を読めない悪癖のあった私だが、喧嘩を売られたら殴り返してきたためか、学生時代にイジメられて、いまでも許せない、悔しい、トラウマだった、という記憶はない。

空気を読めない人間は言いたいことを遠慮なく言って顰蹙をかうものだが、私もかつては正しいと思ったことやおかしいと思ったことを遠慮なく指摘していた。

強気な人間は嫌厭されても嫌がらせの対象とはなりにくく、暴力を受けても暴力で返せば大きなイジメには発展しづらかった。それに勉強もそこそこできていたから、いじめの対象にもなりにくかった。

ところが中途入社したA社では、すでに出来上がった人間関係、陰湿な雰囲気、中途入社という弱い立場、このすべてが原因となり、周囲から完全に孤立、イジメの対象となったのだ。

元からいた社員にいちいち反発

入社してすぐに、ある役員の悪口を言う先輩社員に対して、「私はその役員に採用してもらったので、◯◯さんには同意できません。そもそも入社してすぐの人間に言うことじゃないですよね」と言い放ったのを覚えている。

そこから始まり、日常のそこかしこで小さないさかいがあった。

「これ分かるでしょ、常識ないわね」
と先輩の年上社員から言われたときに、
「それ常識じゃないですよ。この前に言われたことと違いますけどそのときは◯◯さんが定式なかったってことですか?」
と言い返したり、飲みに誘われても断ったり、孤立した原因は数えればキリがない。

原因は十分にあり、それが積み重なり、周囲から浮くのも当たり前だった。たいていの場合、相手がバカな指示、注意をしたのが原因とはいえ、それにいちいち反発する可愛げのない中途入社社員を、誰が好きになるだろう?

やがてイジメが始まる。私が隣室にいたら、聞こえるように悪口を言う、私の悪口を書いたメモを、こそっと私の机の上に置いておく、教えるべきことを飲み会からハブる、書類を渡すときに机の上に音を立てて叩きつける、などなど。

社会人になって初めて自殺を考えた

イジメは数年続いたものだから、最後の方では自殺を生まれて初めて考えていた。

駅で電車を待ちながら、
「この電車に飛び込めば楽になれるな」
と心に浮かび、その考えが頭から離れない。はじめての経験だった。

A社を辞めるまで、そんなことを考える自分にビクビクしながら通勤したのを覚えている。

私の態度が未熟だったのは明らかな事実だが、A社の社員の質も悪かった。

私を嫌いなら無視すればいい。しかし、嫌がらせをするのは相手が悪い。他人を蹴落として悦に入るのは相手の嗜虐心の満足のためだ。

彼らの質の悪さの例として、私が入社する以前からイジメを受けていた人物がいたことを挙げたい。

定年間近の社員を集団でイジメ

定年間近の彼に対するイジメは私よりも悪質で、全員で公然とバカにし、彼がミスをすると怒鳴りつけていた。それに逆らわず、その人物はヘラヘラと笑っていた。たしかに彼は仕事ができなかったが、いじめる必要はなかろう。

「あのバカがさ、またこんなこと言ってるんだよ」
「あいつ、書類ひとつまとめられないの?」
「あいつ締切間際にようやく仕事はじめてさ、私に書類を出してというから、『いまさら言われてもやる気ないです。自分で作ればいいじゃないですか』と言い返したら目を白黒されて面白かったー」

私はそれが嫌で、彼らが休み時間に彼の悪口を言い合うのに参加せず、
「あいつバカだろ? そう思わない?」
と言われても、
「いやぁ、そうは思いません」
と言い返していて、これも私が周囲から浮く原因となった。

やがて、私へのイジメがひどくなったころ、私よりもひどくイジメを受ける彼を見ながら、明日は我が身だとゾッとしていた。

嫌な人間でも、気持ちを汲み取る

このような会社であっても、今のように人間関係について知識があれば別の対応が取れていただろう。

会社はピラミッド構造をしており、部下は上司にしたがわなくてはならないし、中途入社の人間は元からいる社員に頻繁に逆らうべきではない。組織に参加する、というのはそういうものだ。

奴隷になれ、というわけではないし、おべんちゃらを言う必要はないが、周囲に敢えて逆らう愚を犯す必要はない。

まず、飲み会には嫌でも参加した方がいい。相手の気持を汲み取り、寄り添うために格好の場所だからだ。

自分と異なる意見が出たら、
「そうなんですね。知りませんでした」
と答える。相手の主張に同意する必要はないが、相手の感情には共感を示す。

誰かの悪口を上司から聞かされたら、
「◯◯さんは、悔しい思いをされたのでしょうね」
と、その上司の気持ちに寄り添う。

そんなことしたくない? 日本人的で嫌だ?

残念ながら、世界共通のルールだ。

アメリカですら上司におべっかを使う

たとえばアメリカでも、一部のホワイト企業以外では、部下は嫌でも上司が主催するホームパーティーに出席して親密な態度を取る。

命じられれば上司宅の芝刈りさえする。

上司に人事権があり、クビにする権利さえあるアメリカのほうが、部下は上司にもっとへつらう。ペコペコするような真似はしないが、ニコニコとフレンドリーにふるまう。日本のような型がないぶん、もっと難しいかも知れない。

そのうえ愚痴を言い合うことは難しい。日本ほど社員の身分保障がしっかりしていないので、お互いがライバル。同僚に言った愚痴が、回り回って自分のクビにつながるから、愚痴もこぼせない。

私がしなければならなかったこと

上司にへつらう、同僚に不快感を与えない、そのために努力することは、世界共通のルールだ。

いずれにしても、他人に逆らわず、共感を示す継続した努力。

人間関係を円滑にするための必須の努力であり、良好な人間関係を築く基本となる。

もともと、別個の他人が共同で狭い場所で一緒に生活するというのは、ストレスフルな状況だ。それを苦痛なく過ごすためには、各個人がある程度周囲に妥協するという一手間が必要だ。

周囲が嫌な人間ばかりだったら? 転職するべきだ。それでもその環境から離れ難かったら? それを選んだのは自分自身だから(たとえ運命だったとしても)、逃れる機会をにらみつつ、周囲に自分を合わせていかなくてはならない。

かつての私はそれが分かっていなかった。

これについては、次の記事「空気を読めない同僚と一緒に働いていたときのこと」にまとめたい。

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