世の中に勉強法の本やマニュアルがあふれている理由について

世の中に勉強法の本やマニュアルがあふれている理由について

本屋に行くと、勉強法について書かれたものがあふれるほど棚に並んでいる。

インターネットで検索すると、嫌になるほど勉強法について書かれたサイトがみつかる。

これほどたくさんの勉強法が世の中にあふれている理由を考えたことはないだろうか?

私は以前、こう考えていた。

誰もができる方法ならば、誰でもやっている。しかし、実行が困難なら、たとえ効率的で効果的でも、多くの人はめんどくさがってやらない。だから、本当に役立つ勉強法があっても、実行が難しくてそれが素晴らしいかどうか、少数の人しか知らない。真に役立つ方法はあるが、それは見逃されるから、ゴミの山のような勉強方法が量産されている。

こう考えるのには理由があった。

『受験は要領』という最強の受験勉強法

もう何十年も前の話だが、高校2年生のときに、『受験は要領』という和田秀樹の本を何気なく手に取った。

本当に偶然見つけたのだったが、この本に書かれていた勉強法は最良のものの一つだったと言っていい。それほど画期的だった。

少ない努力で最大の効果を上げる方法が網羅されていた。この本の通りに勉強した私の友人は、東大に受かり、学年最下位だった人物も、早稲田に合格した。

東大に受かった友人の合格は、『受験は要領』に彼が触れた高校2年生の時点で誰も予想していなかった。

彼は防衛大学を志望していた。彼の一族には自衛隊出身者が多く、親戚の希望もあり、成績がそこそこ良かった友人の目には防衛大学しか映っていなかった。

ところが、『受験は要領』に刺激されて東大を意識し始めた彼は、成績を急上昇させる。防衛大学も受かったが、そのあと東大にも受かってしまった。誰もが驚いた。

さすがに東大を蹴って防衛大学に言ってはどうか、という人は彼の親戚にもおらず、彼は東大に行き、今は銀行員として出世街道を爆進中だ。

(ちなみに私は、私が貸した『受験は要領』を絶賛する友だちに白けてしまい、友だちの真似をするのもかっこ悪く思えて、それとは違う別の方法を試した末に、浪人した)

『受験は要領』には、数学は解答を書き写して覚えろ、とか、古文は『あさきゆめみし』などの漫画で勉強しろ、などの、当時画期的だった勉強法がてんこもりだった。今の受験生には常識なのかもしれない。

もう何十年も前に発行された本だから、今の受験に役立たないところもあるかもしれない。数学の区分も、今と昔では随分異なっている。しかし今読んでも役立つところがあるかもしれないので、興味のある受験生は読んでみたらいいだろう。

誰にでも通用する万能な勉強法はない

それはともかく。

『受験は要領』のような、本当に役立つ勉強法のマニュアルがこの世に存在するのだから、何かを勉強しようとするならば、それに最適な勉強法について書かれた「虎の巻」がどこかにあるのではないか、という強迫観念から離れられず、それから10年以上、勉強する前に勉強法について調べる癖がついた。

世の中には、意外に知られざるマニュアルがある。そのとおりに勉強をすると、成績や実力が格段に上がるというものは、たしかにあった。

ただ、段々と気づいたことがあった。それは、
「『受験は要領』ほどの汎用性のあるマニュアルはめったにない。むしろ、一部の人だけに通用するものの方が多い」
という事実だ。

そもそも脳の仕組みは千差万別だ。

最近の脳科学では、遺伝や幼少期の環境などで、脳のネットワークの張り巡らせ方は、人によって驚くほど異なっているのだという。

読んで学ぶ人か、書いて学ぶ人か?

音声情報をもとに発達してきた脳もあれば、嗅覚と事実を結びつけながら発達した脳のネットワークもある。それによって、脳の記憶ネットワークも異なった発達をしていて、入力方法には最適な方法が人それぞれ異なるのだという。

だから、記憶方法にしても人によって合う記憶法、合わない記憶法があることになる。

ある人は音楽が好きで、リズムに乗ったものならよく記憶する。その人は、音楽を聴きながら記憶したり、歌に合わせて記憶すると、よく覚えられるだろう。

ところがその人が、「記憶するには書き写すことだ。音楽を聴きながら勉強してはダメだ」という人の言うことを聞いて実行すれば、勉強の効率は半減してしまったりする。

同じように、視覚記憶に優れている人が、ビートルズの英語の歌詞を曲に合わせて覚える方法をとる、という交換に流布する方法をとっても、英語が伸びないことは多い。

ピーター・ドラッカーという経営学の創始者は、人間性に対する理解も深いことで有名だ。彼は著書の中で、人間には読んで理解する人と聞いて理解する人の2種類いて、その両方とも得意だという人はいないと喝破した。その上で、自分はどちらのタイプなのかを早めに把握するべきだ、と力説している。

勉強法を調べるのならば、その前に、自分が得意なのは何か、を先に調べたほうが良いだろう。そして、自分の特性にあった勉強法を唱える人にしたがうといい。

自分に合わない勉強法があることを知れ

冒頭で掲げた、
「なぜこれほどたくさんの勉強法が世の中にあふれているのだろうか?」
という問いには、
「万人に通用する勉強法がないために、勉強法を書きたい作者の数だけ勉強法が増えていくから。そして、誰もが自分の勉強法を最高だと錯覚している」
と答えたい。

脳の仕組みは人それぞれ。だから、万能な方法はない。効果のある方法として定番の方法はあるものの、それが必ずしも、すべての人にとって役立つとは限らない。その方法で矯正されたために落ちこぼれてしまった人だっている。

落ちこぼれた人の中には、脳に合った別の方法を試したことで劇的な進歩を遂げる人もいるだろう。その人がこの方法こそ万人の能力向上に役立つ方法だと信じて、他人にその方法を勧めることで、別の落ちこぼれを生み出すこともあるだろう。

自分がそうだから他人もそうだ、と思い込んだ人が世の中には多すぎる。

最近だと、元官僚で一時期美人弁護士として活躍していた山口真由さんは、専門書を7回読むことで、知識を身につけられると強く主張している。

著書の中で、書いて覚えようとすることは非効率的だと彼女は訴える。書くより読むほうが圧倒的に早いのだから、書いて物事を覚えようとする人は無駄な時間を過ごしている、と。

告白すると、彼女の自信あふれた態度と実績に幻惑された私は、ある資格を取ろうとして、ひたすら読む勉強方を取り入れたことがある。

結果は見事玉砕。読んだものを血肉とすることはできなかった。

自分の特性を早めに知って、あとは地道に「やるだけ」

義務教育を何年も受けていれば、ある方法を取ったときに成績が伸びたと感じた経験がどこかに転がっている人も多いだろう。

その記憶がある人は幸いだ。

その記憶があるなら、勉強法を探し求めて時間を無駄にすることなく、その勉強法で量をこなした方が良い結果を生むのではないかと、無駄に時間を浪費してきた私は思う。

ぱくたそ

ただし、ときどきスランプに陥ることもあるし、間違った方法をいつの間にかとっている場合もあるので、ときには勉強法について見直すために、いろいろなマニュアルを読み比べてもいいだろう。しかし、ほどほどにしたほうがいい。

まずは自分に合った勉強法を数年かけてでも探ってほしい。自分に合った方法を見つけたならば、他人の大声に耳を貸さず、ひたすら勉強の量をこなしてほしい。

「光陰矢のごとし」という警句がある。勉強方法で右往左往するには人生はあまりに短い。

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