ラマヌジャンとボブ・サップ

ラマヌジャンとボブ・サップ

シュリニヴァーサ・ラマヌジャンという天才数学者をご存知だろうか?

1920年に32歳で死ぬまでに、40編の論文などを遺した。若くして亡くなったにも関わらず、その業績は偉大で、今も多くの数学者に影響を与え続けているという。

彼は直感をもとに、数々の数式の定理を発表するものの、証明行為ができなかった。初歩的な数学教育を受けてはいたが、修士課程や博士課程レベルの論文作成教育を受けてこなかったからだ。

たとえば彼の発見した数式を使えば、1752万6200桁の円周率を正確に求められる。素晴らしい発見だが、なぜそうなるのかを彼は論理的に説明できなかった。

ラマヌジャンは人を得て数学史に名を残した

最初、大学卒業後に独力で続けた数学研究の成果を高名な数学者たちに手紙で訴えたが、最初は誰も、彼の成果の価値を理解できなかった。

ところがケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジのゴッドフレイ・ハロルド・ハーディ教授がラマヌジャンの天才性に気づいたことから事態が動き出す。

ハーディーはラマヌジャンが、インドから渡英できるように便宜を図り、イギリスに到着したラマヌジャンは次々に数学上の大きな発見をしていく。

ところがケンブリッジでも、ラマヌジャンの発想があまりに高度すぎて、真価を周囲が理解できない。

ハーディー教授はドイツやフランスなどに遅れを取っていたイギリスの純粋数学理論のレベルを一流に引き上げた数学の大天才だった。それでもラマヌジャンの理論を完全に理解できない。

結局ラマヌジャンは、当時は完全には理解されないまま、慣れない環境に身体が合わずに32歳で死んでしまった。

しかし今では、その偉業が証明され続けていて、数学史上の大天才として人々に記憶されている。

ラマヌジャンを再教育すべきだったか?

ラマヌジャンが数学的証明をできるように、ハーディーは彼を指導することもできたはずですが、ハーディーはそうしなかった。

その理由について、ハーディーはこう述べていた。

「もし私がうかつにもラマヌジャンが退屈に感じることを言い張ろうものなら、とうとうと湧き出る彼の霊感を枯らしてしまうのではなかろうか」

(ロバート・カニーゲル『無限の天才』より)

そうだろうか?

本当の大天才とあろうものが、教育や指導で才能が潰されることなどあるだろうか?

ハーディーは、ラマヌジャンが教育を受ければある程度成功した数学教授になっていただろうが、失うものも多かったはずだ、とも述べている。

しかし、それは天才の実力を軽視していないだろうか?

疑問を抱いた時に、思い出したのがボブ・サップという格闘技界の天才の存在だ。

ボブ・サップという悪夢

ボブ・サップという巨体の怪人を、ご記憶の人は多いだろう。

200cm、145kgという恵まれた身体の持ち主だったが、大学を卒業するまで格闘技経験は皆無。アメリカンフットボールの有力選手だったものの、ケガが重なり職を失い、一時は遺体搬出のアルバイトで生計を立てていたという人物が格闘家デビューする。

それが当時世界一強いとも噂されていたアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラと戦って、負けたものの善戦。そのあとK-1の世界王者にも勝つ。

一時は、世界一強い人間かもしれないと誰もが思い、夢中になった。

ノゲイラとの試合を、私もテレビで観ていた。

ノゲイラが強いことは知っていた。ノゲイラの背中の大きな傷は、格闘技の試合中のケガのせいではなく、幼少期の怪我のせいであることも、彼が格闘技の魔術師と言われるテクニシャンであることなども知っていたほどには、彼のファンだった。

ところがサップの圧倒的な巨体と怪力の前では、ノゲイラがいくら技を繰り出しても通用しない。技術ではなく、単純な怪力だけで全ての技を返してしまうのだ。

その光景は、格闘技ファンにとっては悪夢だった。

『修羅の門』のあの試合の再来

試合の途中で、会場の証明がトラブルのためにフッと消えてしまう。驚く観客。それを無視してリング上の2選手は試合を続ける。しばらくして、自家発電によって会場に明かりが灯るが、まだ薄暗い。まるで夢の中のような光景。

異様な雰囲気の中で、ノゲイラはひたすら技をかける。それを怪力だけで次々にひっくり返すボブ・サップ。

「これではまるで『修羅の門』のジョニー・ハリスとレオン・グラシエーロとの対決そのものじゃないか」

と私は思った。格闘技漫画として有名な『修羅の門』の中で、プロレスラーであるジョニー・ハリスは異色の選手だ。格闘技術ではなく怪力で、あらゆる選手をなぎ倒す彼の存在は、最強の格闘技は何かを描く『修羅の門』自体の否定のようにも思えた。

ハリスの怪力の前に、関節技の天才であるブラジリアン柔術の使い手であるレオンの高度な関節技は何一つ通用しなかった。漫画では奇跡的な力「ディアーボ」とやらをレオンが出現させて勝った。

その試合が、今現実世界に再現されている。

ノゲイラは勝てないだろう。奇跡は現実には起きない。

私はそう思った。誰もがそう思ったことだろう。

ところがさすがノゲイラ。試合経験が少なかったボブ・サップをスタミナ切れとなるまで追いつめ、一瞬のすきを狙って腕ひしぎ十字固めで破ることに成功した。奇跡的な逆転劇だった。

格闘技を学べば今以上に強くなる、ことはなかった

そのときの解説者のセリフを覚えている。
「もしも彼が格闘技について学べば、すごい選手になる」

私もそう思った。

ところが、そうではなかった。

快進撃をしばらく続けたサップだったが、ある時を境に、その進撃は止まった。彼の力まかせの格闘法の攻略方法が考案されたからだ。

彼は手ひどい敗北を負ったあとに、格闘技術を学んだ。しかし、勝てない。いや、勝てないどころか弱くなった。

これまで暴力を力まかせにふるっていたのに、格闘技術を学べば、それがどれほど危険か分かる。力任せに動いていると、スキが多く生まれるからだ。だから格闘技を学んだ後は、サップの手数は少なくなり、攻撃性がダウンした。

力まかせの攻撃、圧倒的なタックルが怖かった相手も、無茶な攻撃を相手がしないと分かれば余裕が生まれる。そうなると、何年も格闘技の稽古を重ねた選手と、素人の差は歴然だった。

その結果、連敗が重なっただけではなく、試合自体が面白くなくなった。凄い選手どころか、二流の選手だ。

やがて彼は日本の格闘技界からフェードアウトしていった。

教育が天才を殺すこともある

もしもボブ・サップが、格闘技術を学び直さなければ、試合はもっと面白いものだっただろう。しかし、いつか大怪我をしていただろうから、格闘技を学んだことは彼の人生のためには良かった。

ただ、彼がもしも格闘人生の初期で格闘技を学んでいたとしたら、どうだっただろう? とも考えた。

その予想結果は芳しくない。

それなりの実力を見せていただろうし、ジョシュ・バーネットのような実力派として格闘界に君臨していたかもしれないが、あそこまでの爆発的な人気を得ることはなかっただろう。

圧倒的なパワーで、格闘理論を粉砕してきた異様な試合は、彼が格闘技術を知らなかったからこそできたものだし、その試合を観ることができた幸運に我々は感謝しなければならない。

生まれつきの天才はいる。しかし、それが教育を受ければもっと素晴らしい業績を上げるわけではない、という例のために、ボブ・サップについて語った。

ラマヌジャンに数学の再教育を受けさせなかったハーディー教授の判断は正しかったのだろう。

地頭がよく、学歴などなくても商売や芸能活動で今成功している人は、学問を身につけることでよりパワーアップできると考えている人は多い。

しかし、逆に才能を縛り、蓋をしていた可能性も高い。教育がすべての人に良い影響を与えるわけではなく、教育を受けていた人の中には、天才性を封じられた人が大勢いるのかもしれない。

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