高度能力者の労働環境改善が、権力分離構造を崩していく

高度能力者の労働環境改善が、権力分離構造を崩していく

東京医科大学が、男性受験者に有利になるよう合格点数を操作していたニュースが流れ、批判を受けている。

学歴社会の信任に関わる問題

日本は学歴社会だ

批判もあるが、一部の血族に権力が集中しにくく、トップの人間の能力をある程度保証する点でよくできたシステムだから、日本では何とはなしに、信任を得ている。

この、多くの日本人が信頼を置くシステムの根幹でインチキを行なったのだから、とんでもない話だ、と多くの日本人が怒るのももっともだった。

報道に対して東京医科大側は、

「医療現場は過酷であり、女性医師は退職率が高い。しかし、受験の点数のみで合格を定めると、女性合格者が増え、結果的に将来の医師不足を招き、医療現場に負担をかけてしまう」

と言い訳をしている。

人々は、だったら医師の労働環境を変えればいいのに、と批判する。それは一面正しい。

しかし、正しいことではあるものの、正しく変えることが果たして多くの人々にとって良いことで、ひいては社会システムの安定にとって良いことなのかどうかは、わからない。

社会システム安定のための権力分離

社会システムが安定している国々では、権力の集中を防ぐための様々な仕組みが整っている。

有名なところでは、ヨーロッパ発祥の三権分立制度であり、世界の多くの国々が導入している。

ところが、法律で定められているわけではないが、権力を集中させない習慣的な制度というものも、各国に存在する。

たとえば、お隣の中国を例に挙げてみよう。

現代中国では、毛沢東が権力を一極集中させた結果、毛沢東に近い数名の人々の権力跋扈を許した反省から、1980年代から90年代にかけて、八大元老と呼ばれる年配の有力政治家が国家主席を監視する制度を取っていた。

だから、当時の国家主席は、今の習近平のような好き放題はできなかったのだ。それが許された今、習近平に権力が集中しすぎた弊害が出ていると言われている。

以上のような慣習的な権力分離構造は各国に存在していて、日本でも例外ではなく、数種類が存在している。

その一つが、地位と財力の分離だ。社会的地位の高い人物や権力ある集団に財力を与えないシステムだ。

キャリアと勤務医の低い収入

たとえば、日本の学歴社会のトップに君臨するのは、国家公務員一種合格者(キャリア組と呼ばれる)だ。彼らは他省庁や地方自治体への出向を繰り返し、海外赴任も経験しながら重責を担いつつ出世していく。

仕事量は超人的であり、睡眠3時間や4時間で何年もの間、勉学や仕事に没頭することを要求される。

経済大国日本の政治がうまく回るように、日夜神経をすり減らしているのだから、昔から社会的地位が高いし、権力も強い。

ところが、彼らが得る給与は、彼らの能力に比べると驚くほど低い。そのうえ働く時間が長いから、時給に換算するとそこらのフリーターよりも低い、ということだってある。兼業も許されていないから、他の仕事で稼ぐこともできない。

同じような事情が、医師の世界にもある。

医師もまた日本社会では尊敬の対象となっているが、彼らの社会的地位は、大学教授と開業医では大学教授の方が圧倒的に高い。収入は開業医の方が高いけれども、彼らの中の序列感覚では、大学の教授の方が上なのだ。

しかし、大学の教授になれるのは一握りだ。その一握りになるために、教授の下で働く大学勤務医に求められる労働量は多い。これも時給に換算すると、非常に低くなる。

長時間労働は、見えにくい賃金抑制策だ。長時間労働が増えて収入が上がらなければ、実質賃金は低くなるのだ。

貴族化抑制手段としての、権力分離構造

日本の権力分離システムのひとつと言える。

権力のある人間、社会的地位のある人間の収入を少なくして、一部の人間に地位や財力を偏らせないようにする。これが社会の安定化をもたらしている。

うまくできたシステムだと思う。社会的地位の高い人間に若い頃から高給を与えれば、数十年で莫大な財産を蓄えるだろうし、数百人で数代も続けば、貴族化して日本を支配するようになるだろう。

少なくとも今の日本の社会は、そこまで悪くはなっていない。階級間の移動も可能だ。

しかし昨今の風潮では、というよりもアメリカ流の市場万能主義の風潮が、能力のある人間に財力も集中させることは当然で、その方が社会も良くなる、と単純に考える人々を多く生み出すようになっている。

社会を豊かにする方法を一番知っているのは、カネを稼ぐ人間だ、現実に自分自身がカネを稼いで豊かになったのだから、というのがその理由だ。わかりやすい説明だから、多くの人に受け入れられる。

だから多数のアメリカ国民が納得し、トランプを大統領に押し上げ、一部の人間への異常な富の集中をもたらし、富裕層の政治への介入を許してきた。

これがあと百年続けば、アメリカも貴族支配の国となると思うのだが、歴史の浅い国にとっては今ひとつ実感がわかないのだろう。

カネを稼ぐ人間にすべてが集中していく

アメリカの富裕層は、自分たちの思想を世界中に広げて、世界を統一した市場へ変え、自分たちの邪魔をしようとする異分子を排除しようとしている。

こうした潮流の中に日本もいて、だから高い能力の人々が高い地位を得て、強い権力を持ち、さらには高い収入を得ることも当たり前だ、と思う人々が増えていく。

そして、社会的ステータスの高い人々には、収入面で我慢していただくというシステムを称揚する人々は、少なくなっていく。

日本で習慣化されてきた、社会的地位と財力の分離という構造は時代遅れのものとなり、今のアメリカのような社会に、次第に変わっていくのだろう。

やがて、医師や国家公務員キャリアに莫大な収入を約束することが当たり前となり、一部の人々がすべてを独占していく。結果的に、能力の低い貧しい人々には貧弱なおこぼれしか与えられなくなるだろう。

カネを稼ぐ人間の値打ちがすべての面で高くなっていくのが、「資本主義社会」の純化なのだ。不愉快な時代だが、それに抗うために社会を変えようと動くつもりがないならば、適応しなければならない。

私達はカネを稼ぐ力を少しでも伸ばしていくしかない。

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