自分の過去を否定しない人生観を持つ、ということ

自分の過去を否定しない人生観を持つ、ということ

最近のTwitterは、人生観を各自で競っているようなところがある。

人生訓、名言、格言……人生観を変える言葉の数々

名言集や格言集は、昔からの隠れたベストセラーだ。
毎日名言を紹介する日めくりカレンダーはよく売れる。
名言を紹介する手帳も人気がある。

自分を向上させる言葉を読みたい、という人々の潜在的な需要はいつの世もある。
それに気づいた人々が一斉に、良い人生観を持つための言葉をつぶやき始めたのだろう。

出典:ぱくたそ

恵まれた子供時代の「遊び」を肯定するつぶやき

だが、良いことばかりではない。
他人の言葉によって自分の人生が否定すされることだって、ある。
否定されれば人間、傷つき、落ち込む。
つい先日も、

というつぶやきが紹介され、多くの人が励まされる反面、傷ついた人々も大勢いたようだ。

恵まれた人々の恵まれた人生

残酷ではあるが、一面の事実だ。
金持ちの家に生まれ、恵まれて育った人間は、多くの経験を財産として持つ。
多種多様な経験は、豊かな感性を育む。
日本のニューミュージックを牽引した人々、たとえば松本隆だとか松任谷由実だとか坂本龍一だとか、みな都会の文化人の家庭で幸せに育ってきた。
日本のヒップホップを牽引した人々も、大金持ちの子供や芸能人の子供が多かった。

それは、彼らが若い頃から最先端の音楽を存分に聴ける余裕と時間とカネがあったからだろう。

芸術の分野では恵まれた家庭の子息が才能を発揮させ、世界的に活躍するケースが圧倒的に多い。

貧しい人々は才能を発揮できないのか?

だから、恵まれた家庭で育った人々は、この言葉に勇気づけられただろうが、逆に恵まれない家庭で育った人々は、複雑な心情を抱いただろう。
私もその1人だった。
だから、アンチテーゼとしてこう書いた。


上述のヒップホップの場合、本場の文化の担い手は恵まれない黒人たちだったではないか。
ジャズなんか、まさにそうだ。
彼らのソウルフルなシャウト、怒りが、恵まれた育ちの中から生まれるものか。

だが、その後にこう考え直した。
誰もが自分の過去を肯定すればいいだけの話じゃないか。

だから、こう書いた。

実際のところ、この記事の冒頭に述べたような人生観に、正解など無い。
だから数多くの人々が、数多くの人生観を述べるものの、統一されていない。
正しいものなどなく、どれもがある人にとっては正しく、ある人にとっては役に立たない、というだけの話なのだ。

必要とされる人生観は、それぞれ異なる。

ところが、自分に役に立たない人生観を抱えると、不幸になる。
自分に役に立たない人生観とは、自分と逆の人生を歩んだ人が成功に至るために持った価値観だ。
恵まれた人が「ハングリー精神こそが必要」だと思い込み、自分の恵まれた環境を捨て去る。
貧困に育った人が「金をかけた経験が必要だ」と信じて背伸びして過去を偽ろうとする。

その中でうまくいく人もいるだろう。
だが、過去で得たものを捨て去るのだから、過去は当然無駄になるし、無駄の多い人間がうまくいくほど、人生はリソースに恵まれてはいない。

否定は有害だと指摘されている

昨今は心理学が発達し、心理的疾患の原因などもわかってきた。
心理的疾患には遺伝的なものと後天的なものがあるが、後者の原因の多くが対人関係に起因することもわかっている。

では、対人関係でもっとも気をつけねばならないことは何か?

それは、自分を否定する人間との関わり方だ。
彼らに影響されると、ひどい場合はうつ病を発症する。

自分を否定するものが自分を不幸にするのならば、自分を否定する人生観もまた、自分を不幸にするだろう。
それならば、自分自身を成り立たせてきたものを肯定する人生観を持った方が良いだろう。

幸福は上にあるのか、下に転がっているのか?

あなたは幸せになりたいはずだ。
幸せになるためには、幸せになるための行動をしなければならない。
幸せは上の方にあるだろうか?
それとも下に転がっているものだろうか?

イメージとしては、上にあるのではないだろうか?
上にあるものを取りたくても取れない場合は、台の上に乗るのではないか?
台の上に乗るためには、台を積み重ねなければならないのではないだろうか?。

その台こそが、過去の積み重ねだ。
幸福というゴールに手が届くように、台を使うか、使わないか。
私達に問われているのは、その選択だ。

自己啓発カテゴリの最新記事